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こんばんは。母と一緒に岐阜県の岩村城に行ってきました。

岩村城wikipediahttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E6%9D%91%E5%9F%8E
霧がよく出るため別名「霧ヶ城」と呼ばれていたそうです。
戦国時代好きな人には武田勢の秋山信友と織田方の遠山氏で奪い合いになったのは有名ですね。
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一度は武田軍に奪われた岩村城ですが、長篠の戦いで武田軍が弱体化したのを機に織田軍は奪取作戦を開始。
最終的に秋山信友は助命を条件に開城しましたが、織田方はこの約束を反故にし信友夫妻らは処刑されました。

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山頂の本丸の場所には歴史方位盤や歴代将士慰霊碑がありました。方位盤を見ると江戸の方角などがすぐにわかります。


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こちらも山頂本丸跡から。本能寺の変八十日前に信長が宿泊したそうです。武田征伐の後のことかな?

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こちら…本丸虎口の石垣となっております。(某赤城不動産風に)
六段壁と呼ばれているそうで、確かに石垣が六段になっているのがわかりますね。

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山頂にも井戸がありましたが、本丸に行くまでの坂道(10分くらい山を登らないと本丸まで行けない)にも井戸がありました。ここにも霧ヶ城と呼ばれた理由が書かれています。

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土岐門ってもしや…と思ったんですが、やはり美濃の土岐氏からきてるようです。
岩村偉人十傑だと女城主と佐藤一斎も有名かな。この後、城下町も歩いたのですが、あちこちに佐藤一斎の名前が見られました。
少にして学べば、壮にして成すあり。壮にして学べば、老いて衰えず。老いて学べば、死して朽ちず。
【意訳:若いころから学べば、壮年になって大きなことをなし遂げることができる。壮年になってから学べば、年老いても衰えることなく活発に生きることができる。年老いてから学べば、死んだとしても不朽の評価が得られる】

は名言ですね。

山を降りた後はお昼も兼ねて岩村の城下町を見て回りました。すぐ正面が岩村城址となっております。

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山登りで体が温まっていたので、お昼は冷やしうどんにしました。とてもおいしかったです。

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岩村藩鉄砲鍛冶加納家です。この辺り、日本史マニアの方にはたまらないんじゃないでしょうか。
鉄砲・火縄銃って僕は長浜や紀伊雑賀・堺辺りのイメージが強かったのですが、岩村で鉄砲鍛冶が栄えていたのは江戸時代の頃のようです。
信長家臣の川尻秀隆の名前が見えますが、なかなか色々な取り組みをしていたようですね。甲斐に入ってからの政治はあまり評判良くなかったようですが…。

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柴田家(いわむら美術の館)にあったマッカーサー元帥からの礼状

連休をとても有意義に過ごせたと思いますね。よかった。次のお城は未定ですが、浜松城とか行ってみたいなぁと思ってます。また時間ができれば行きたいところです。

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晩はもつ鍋・信長で締め。美濃を制するものは天下を制する!
次の日は天気悪いとのことでしたので、昨日アップした同人誌を買いに名古屋駅まで行っただけなので写真は無し。

それではまた。
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