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こんばんは。久しぶりに競馬のお話。
オルフェーヴル(4歳)が有馬記念を回避、そして現役続行することを表明。
JCではジェンティルドンナにきわどい負け方をしてしまい、今後はさらに結果を要求されそうです。

日本競馬史上、クラシック三冠馬は7頭居るのですが、実は5歳以降も現役続行した三冠馬は皆あまりいい結果が出ていません。(年齢は現表記統一)

セントライト12戦9勝 3歳引退
1941年に三冠達成。戦績は素晴らしいのですが、時代が時代だけに評価されず。
三冠達成した年に引退。

シンザンシンザン19戦15勝 4歳引退
戦後初の三冠馬。1964年に三冠達成。シンザンの登場以降、ミスターシービーが登場するまで19年間三冠馬が現れず「シンザンを越えろ!」というキャッチフレーズが生まれたほど。
しかもこの4敗は全て2着の連対率100%。重賞で負けたのは菊花賞前に夏負けの影響で、京都杯(もう無くなりましたが、菊トライアルの京都新聞杯と同じ)でバリモスニセイに敗れたのみ。このバリモスニセイもなかなかすごい馬なんですが、その話は置いておきます。
この頃は調教の設備等も十分ではなく、レースを調教代わりに使う厩舎が多かったのでこの4敗も悲観するほどのものではないと思います。
引退の有馬記念の大外コーナリングは必見。
種牡馬になってからも二冠馬ミホシンザンや、菊花賞馬ミナガワマンナ等を輩出するなど日本競馬会に多大な功績を残しました。

ミスターシービーミスターシービー15戦8勝 5歳引退
1983年に三冠達成。父はあのテンポイントと死闘を繰り広げたことで有名なトウショウボーイ。
スタートが苦手で、追い込み戦法でインパクトのある勝ち方をしたのでかなり人気があった三冠馬です。
「淀の坂はゆっくり下るのが鉄則」と言われていた京都競馬場の下り坂を加速しながらゴボウ抜きし、勝利をもぎ取った菊花賞は必見です。
また三冠馬世代は比較的他の馬がパッとしなかったりするんですが、この世代はカツラギエース、ニホンピロウイナー、スズカコバン、ギャロップダイナ、リードホーユー等GⅠ級レースを勝ったホースがたくさんおり、層が厚いことでも有名です。
4歳の春は不調により全休、毎日王冠で復帰しカツラギエースの2着。その後の天皇賞(秋)に勝利し、三冠馬では唯一の2000m天皇賞を勝った馬になってます。
この年はその後JC、有馬記念と出場しましたが敗北。その後5歳も現役続行しましたが、一つ下の三冠馬・皇帝シンボリルドルフが無類の強さを見せつけ、天皇賞(春)では一応の見せ場は最終コーナーで見せたものの、結局このレースを最後に引退。天皇賞(秋)が最後の勝利になってしまいました。
種牡馬としてはヤマニングローバルがいいところまで行きましたが、ケガにより不振に。高く設定された種付け料も災いしたと思います。
そんなこんなで僕も好きな三冠馬だったりします。

シンボリルドルフシンボリルドルフ16戦13勝 5歳引退
1984年に三冠達成。2年連続で三冠馬が誕生するなんてことは、今後もう無いかもしれませんね。
岡部幸雄とのコンビで三冠を無敗で達成し、あまりにもパーフェクトなレーススタイルで「皇帝」と呼ばれた。
初の敗北は三冠から中一週で強行(当時は菊とJCの間隔が狭かった)で出たJCで体調不良で下痢を報道されながらのカツラギエースの3着。ちなみに陣営は菊は勝ち間違いなしとのことで、菊に出ずにJCで海外馬と戦うってのも考えていたそうですが、やはり三冠は取りに行ったようです。
その後の有馬記念ではきっちりカツラギエースを降し、レコード圧勝。次の年は天皇賞(秋)でギャロップダイナにまさかの敗北を喫するも、JCは圧勝。そして有馬で二冠馬ミホシンザンを完膚なきまでに叩き海外へ遠征。
しかしこの海外で6着と敗れ、レースが原因で故障。そのまま帰国し引退しました。
種牡馬としてもあの二冠馬、トウカイテイオーを初年度産駒からいきなり輩出するなど活躍しました。
今も尚、日本競馬史上最強馬に挙げるファンも少なくない馬です。

ナリタブライアンナリタブライアン21戦12勝 5歳引退
シャドーロールがシンボルの平成の三冠馬。1994年に三冠達成。兄はGⅠ馬ビワハヤヒデ。
皐月賞、ダービー、菊花賞と勝利するたびに着差が広がっていき、あまりの強さに「シャドーロールの怪物」と呼ばれました。年末の有馬記念では女傑ヒシアマゾンにも圧勝し、その年はもはや敵無し。
4歳初戦の阪神大賞典も圧勝しますが、ここで関節炎を発症し天皇賞(春)は回避。この辺りから暗雲が漂い始ます。
その年の天皇賞(秋)で復帰しますが、結果は12着。その後もJC6着、有馬記念4着。
5歳初戦の阪神大賞典では、マヤノトップガンとの伝説のマッチレースを制し、一年ぶりに勝利を上げる。
これで復調が期待された天皇賞(春)では再び一番人気に支持されるも、遅れてきたスーパーホース・サクラローレルに差しきられ2着に終わりました。
その後は高松宮杯に出るなど、三冠馬としては異例のローテーションで物議を醸しましたが、一ヶ月後に再び故障し引退しました。
大川慶次郎氏が高松宮杯の後「後が無事だといいなぁ。ここで馬を無理させたことによって、故障したりすることがあるんですよ」と言ってたんですが、皮肉にもそれがピッタリ当たってしまう結果となりました。
引退後は種牡馬になりましたが、わずか3年で胃破裂により死亡。ブライアンの後継となるすごい馬は現れませんでした。
ケガによって運命を狂わされたってのが一般的ですが、もしケガが無くてもマヤノトップガン、サクラローレルはかなりの実力の持ち主で毎回勝利ってわけにはいかなかったんじゃないでしょうか。逆に言うと絶好調のこの3頭の戦いが僕は見たかったです。

ディープインパクト14戦12勝 4歳引退
武豊に三冠をプレゼントした。2005年に三冠達成。
ルドルフと同じく無敗で三冠達成するも、3歳の有馬記念はハーツクライに敗れ連勝ストップ。
4歳時は天皇賞(春)、宝塚と勝利し凱旋門賞に挑戦。レース後の薬物使用が問題になり、マスコミに騒がれた。とにかく国内では敵無しって感じで、ぶっちゃけ書く事が…。
ちなみにハーツクライは有馬の後、海外遠征しドバイシーマCに勝利。KGVI&QEDSではハリケーンラン、エレクトロキューショニストとの死闘(文字通り死のレース。このレース後にハリケーンランは不調、ハーツクライはノド鳴り、エレクトロキューショニストはなんと死亡)を繰り広げ惜しくも3着に敗れました。
あ、ディープの説明全然してねえや…。

オルフェーヴル17戦9勝(現役)
2011年に三冠達成。全兄はグランプリホース、ドリームジャーニー。ジャーニーの鞍上も池添謙一。
シンザン記念までは気性の問題もあり、勝てないレースが続いたがスプリングSの勝利以降は連勝街道。
最初はサダムパテックの方が評価を得ていたのですが、皐月賞でサダムパテックを降し、雨のダービー、菊花賞と最後の二冠も圧勝し三冠馬に。年末の有馬記念もスローペースで後方と不利な位置から追い込みを決め、4冠を達成。
しかし4歳初戦の阪神大賞典で謎の大暴走をし、よく追い込むも2着。気性を改善しようとし、メンコをつけて挑んだ天皇賞(春)では謎の大敗北をし11着。
宝塚記念は不調と言われながら勝利し、三冠馬の力を見せ付けました。
凱旋門賞は後少しというところで、ゴール前でソレミアに交されまたも日本馬勝利はかなわず。
その後のJCでも直線で内に行きたがるという悪癖を見せつけ、ジェンティルドンナに敗北。後は記事の最初に書いたとおりです。



そんな感じで5歳以降も現役を続けて、いい競走成績を残した三冠馬ってほんといないんです。
来年の凱旋門賞にオルフェーヴルが挑戦するかはわかりませんが、ブライアン・ルドルフのようにケガをする可能性もありますし、年齢的な衰えが来る可能性もあります。
ファンとしては三冠馬が長く現役で居てくれるのは嬉しいことですが、種牡馬として稼いでくれたほうが馬主側としてはメリットが大きいはずなので、この現役続行はリスクが高いと僕は思っています。

とにかく今後の動向に注目していきたいです。それではまた。
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