こんにちは。
最近暑い日が少しづつ増えてきましたね。
競走馬はダービーを終えた馬、ダービーに出られなかった馬、それぞれが休養に入り秋に備えたり、夏競馬で賞金を稼いだり各々の道を歩みます。
この時期にある一頭の競走馬の事を思い出したので記事を書くことにしました。
悲運の二冠馬、タニノムーティエという馬です。


「タニノ」という冠名を耳にしたことがある方はお察しの通り、カントリー牧場…最近ではウオッカやタニノギムレット、古くはタケシバオーを皐月賞で降したマーチス、同じくダービーでタケシバオーに勝利したタニノハローモア、タニノムーティエの弟であるタニノチカラ等を生産した牧場の馬です。昔はスパルタ調教で有名なオーナー(後述)でした。
タニノチカラも1992年の名馬物語の当時、あの杉本清が「今まで見てきた馬で一番強かった」と称すほどのサラブレッドで、有馬記念ではあのハイセイコーに5馬身差、春の京都記念では63kg(!)という今では有り得ないハンデを背負いながら、2着馬に2秒差の大差勝ちをするというわけのわからんチートで有名な馬で兄弟揃ってものすごい馬でした。というか母のタニノチエリすげー

年齢表記は全て現表記で記載しますね。
まず7月に函館でデビューし、2歳時だけで9戦消化。この時点で競馬をある程度齧ってる人ならおかしいことに気付くでしょうwwww 月2回ペースで出走してますねw
成績は9戦7勝2着1回、やっぱおかしいですねw 2回の負けは3戦目の函館3歳Sでタニノソブリンの2着と、紅葉杯で4着に敗れています。
注目したいのはこれは2歳のレースで全て1600m以下の距離ということですね。
タニノムーティエ本人の血統構成はステイヤー寄りで、弟のタニノチカラも長距離得意だった事を考えると素質の高さが伺えると思います。(弟のチカラもマイラーズCでキタノカチドキの3着(その後ケガでチカラは引退)したことを考えるとなかなか)
次の3歳時はきさらぎ賞から始動し勝利。ここから関東へ東上します。
初の東上戦、弥生賞(ダート)でも圧勝しスプリングSに挑戦することに。ダートでも圧勝してるのも評価高いですね。きさらぎ→弥生→スプリング…やっぱローテが色々おかしいw
ここで生涯のライバルと出会うことになります。
アローエクスプレスです。アローは6戦無敗で当時関東の注目株でした。
このスプリングSはムーティエのものすごい追い込みで勝利。
次の本番皐月賞、さすがにアローも負けてられない!と意気込む。しかし道中不利があり、ムーティエに追い込まれゴール寸前で交わされてしまう。まず一冠。しかし後のムーティエの活躍を見るとここの勝利は妥当に思えますけどね。
この後、ダービーに直行すればいいものをNHK杯に挑戦w(ただこのローテは昔の馬ならやってた馬も結構居ました)
しかしこのNHK杯でなんと、関東のレースに慣れていない鞍上の安田伊佐夫が右回り用のゴール板と間違えるというミスをやらかし、アローに敗北を喫してしまいます。
前戦の勝利の影響と、関東の人気もあり一番人気はアローエクスプレス。本番ダービーは負けられない!と意気込み挑戦。そして、ダテテンリュウとの叩き合いを制し二冠馬に!
ここまで15戦12勝。ダービー馬の最多勝記録を樹立。今後破られることはもう無いでしょうw
アローエクスプレスは距離の壁に阻まれ、5着。今みたいに短距離路線が整備されてる次代に生まれればもっと活躍できたと思います。というかスプリンター、マイラーでダービー5着はすげぇよ…。サクラシンゲキ(4着、優勝オペックホース)もそうだったけど。僕は評価しますよ。
ここまでの強さを見せれば、三冠確実。誰もが期待を寄せたでしょう。

しかし悲運の二冠馬…このダービー後の放牧休養で全てが狂ってしまった。
放牧地で、当時の競走馬としては致命的な喘鳴症(喉なり)を発症してしまったのです。
今は技術が進歩しており手術すれば完治する場合もあり、ダイワメジャーは喉なりを克服してGⅠを勝ちました。
しかし当時の技術では手の施しようが無かったのです…。
原因は牧場に撒かれた石灰か、この年は雨の多い冷夏でこの雨による高湿で喉を痛めたせいとか言われています。

秋初戦は朝日チャレンジカップから復帰しましたが、そこには変わり果てたタニノムーティエの姿が…。
あんなに強かったムーティエが見せ場無く、8頭中8着の惨敗…。次の京都杯も6着と敗退…。
喉なりでダメなのは関係者もわかっていたのでしょうが、可能性は捨てきれなかったのでしょう。
菊花賞にも出走することになりました。この菊花賞の最終コーナーでタニノムーティエが一気に上がってきて、大歓声が起こるんですよね。このシーンは何度見ても熱い!競馬を知らない人にも是非見ていただきたいシーンの一つです。
当時の競馬ファンも一瞬、「あのタニノムーティエが戻ってきた!」と思ったに違いありません。
しかし結果は11着…。さすがのスパルタの申し子も病魔には勝てなかったということです…。
この菊花賞を勝ったのはダービーで降したはずのダテテンリュウ…。
こういった背景からも僕はミホノブルボンと並んで(ブルボンは生まれた世代が悪かった)、順調に行けば三冠確実だった二冠馬…と思ってます。エアシャカール?そんな馬も居ましたね。
これだけの成績、パフォーマンスを見せているのですから古馬戦線も多いに沸かせてくれたのでは?と本当に悔やまれます。

結局、この菊花賞を最後に引退…。遂にあの末脚を見ることはありませんでした。
ライバルであったアローエクスプレスも菊花賞9着、有馬記念4着(優勝スピードシンボリ、ダテテンリュウ3着)の後、脚部不安で半年以上休養し、9月にスプリンターズSで復帰。1番人気になるも得意距離でも4着に敗北してしまい引退しました。

しかし種牡馬入りしたアローエクスプレスは大成功を収め、牝馬二冠のテイタニヤ、オークス馬のノアノハコブネ等を排出し、評価を一気に高めました。
それとは裏腹にタニノムーティエは目立った産駒を排出することはできず寂しい余生を送りました。

ダービーが終わった時期だったので、思い出して書いてみたのですが如何だったでしょうか。実力があってもこういう運の無い馬も居る…という悲しいお話でした。
僕のヘタクソな文章で読みにくかったとは思いますが、少しでも競馬に興味を持っていただける方がいらっしゃいましたら幸いです。それでは。

以前youtubeにあったタニノムーティエの名馬物語に菊花賞の最終コーナーが収録されていたのですが、削除されているようですので、杉本さんのコメント動画を代わりに貼っておきますね。


あと、本題とは全く無関係なのですが、うちの母親がZガンダムのDVDをレンタルして急に見始めましたww
さすがに年齢のせいもあって(ぉぃ)、キャラの顔やMSの種類を覚えるのに一苦労しているようです。
ファーストと違って連邦軍やジオンではっきり制服が分かれてるって感じでもなく(ティターンズだけ黒統一ですが)、話もガンダムシリーズの中では難しいほうですからね。
これ終盤にハマーンのアクシズが出てくるともっと勢力関係がややこしくなるんですが、この人ついていけるのかちょっと心配ですw
とにかくどの辺りまで見続けられるか、暖かい目で見守ろうと思います。
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